そのふてぶてしさに、呆れるやら、以前の自分と重ねて懐かしいやら。
その母親は私に言わせれば、運動不足。何か悪い気が体の中にたまって滞って、太り、血行も悪く、肌も荒れて…、と悪循環な体の上にかわいらしい盛りのお嬢さんのおしゃまなおしゃべりが鬱陶しく感じられて仕方ないといった風だった。
子育てから30分でいいから解放されたいんだろう。
ならば、どうか時間預かりなど利用して。
いい大人が何の解決行動もせず、八つ当たりしてはいかんよ。
引っ越してすぐとかで、ストレスマックスだったかもしれない。けど、ダンナさんと、しっかりコミュニケーションとろうよ。愛情があれば、乗り越えられるよ。
こういう同姓から見ても素敵とはいえない人は、たいていコミュニケーションスキルが落ちている。
通じ合えない相手と通じ合えるように歩み寄る努力が、必要だと思う。
生きるって、誂えられた座布団にあぐらかくことじゃない。
自分から与えられるものは与えるものだ。
家族のために惜しみなく…とか。
与えても与えても減らないのが愛情だから。
他にも、子供の話に耳を貸さない大人を見かけることがあって。
考えさせられる。
子供の話、ちゃんと聞こう。
生まれたての赤ちゃんの頃から。
想像力フル回転で。
そしたら、ちゃんと話せる子になる。
頭ごなしになってはいけない。
親だからって偉くはない。
育児の大変さを言い訳にしてはいけない。
口も聞けぬ、とぞんざいに扱ったらいけない。
一個の人格を認めてやるところから始まる。
そのコミュニケーションは子育てが一段落して、私たち母親が社会に出たときに、如実に現れる。
自分がなぜ不満になり、それを解消するにはどうしたらよいのかも分からないまま、愚痴ばかりこぼして時間を費やす大人を、子供は尊敬しない。
そればかりか、バカにしさえする。
成長期の彼らには愚痴をこぼす暇すらないのだから。
子供だからと人格を認めないまま、親の言うとおりにさせて“いい子”と言っていたら、その子は自立できないままだ。
そして、自分が 大人になれないのは親のせい、と責任転嫁するようになる。
親の影響力は大きいのだ。
子供を侮るなかれ、未来の大人だ。
自分が健康なうちはまだいいが、要介護状態になったとき、子が無心するようになるなど、よくある話。
自分を不幸にしないためにも、社会に出して恥ずかしくない子を育てたい。
思いやりは親が子を思うところから生まれてくる。
今の接し方次第で、子供の伸びしろを伸ばすことも縮めることもできるのだ。
母親業はクリエイティブだ。
楽しもう。
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